第1回 八代市は九州新幹線を機に新しい観光活性化活動を開始する。

 昨年11月八代市は東京・大阪・広島・北九州・福岡の各都市で1300人に及ぶ観光マーケティング・アンケート調査を行った。
 これは九州新幹線新八代駅開業に伴い、今後八代市を訪れるだろうと思われる観光旅行客が八代市に対し現在どのようなイメージと期待を持っているのかを把握し、より効果的な観光客誘致活動を行おうと実施したものであった。
 その結果の一つの例が右の表であった。(表は省略)1300人中の300名以上が挙げた八代亜紀さんは別格として第2位の「公害・水俣病」第3位の「鶴」はどのように理解して良いのか結果を目の前にしたとき正直呆然とせざるを得なかった。当然ある程度知られていると思っていた「鮎」「トマト」「くま川祭り」「山頭火」を挙げた者が1300人中一人もいなかった事もショックであった。
 この調査結果は八代市が観光活性化するためには相当な知恵を絞り官民一体になって努力しなければならない事を示している。現在、全国の各自治体は如何に観光旅行客を地元に誘致しようか必死になって知恵を絞っている、勿論熊本県内も例外ではない。
 八代市が新幹線開通・新八代駅開業で具体的にどのような恩恵を得る事が出来るのか、何もしないで事の成り行きを見守っているだけでは決して何も起こらない事だけは確か。
 そこで現在八代市が観光活性化に関して進めようとしている事、官民一体になって旅行者を我が八代市に誘致する為のヒントとは、そして観光活性化の良い影響を関連産業がより活性化するために連動させるにはどのようにしたら良いか等、今日から20回のシリーズをほぼ毎日連載する。

第2回 東京有楽町にて九州新幹線開通直前に八代市PRキャンペーン開催

 無事開業した九州新幹線だが開業の直前先週1週間、東京有楽町にある「ふるさと情報プラザ」において新幹線新八代駅開業および肥薩おれんじ鉄道開業のPRと八代市の観光PRキャンペーンを行った。
 これはマスメディアの編集部が集中する首都圏東京エリアで、新八代駅開業当日に現場八代市まで取材にこられないメディア・マスコミの方々にも九州新幹線および八代市そのものを十分理解認識して賃おうと八代観光協会・八代市商政観光課が2ケ月前から企画準備してきたもの。
 実施は九州新幹線開業日前3月8日〜12日の5日間で、特別企画タイアップを実施した雑誌九州じゃらんの新幹線特集別冊抜き刷り、初めて八代市商政観光課と八代観光協会で作成した「八代市デジタル写真集パンフレット」などを一般の方々に配布しPRに努めた。
 9日火曜日に設定されたプレスデーには八代観光協会和田会長、JR九州束京支店の綿島支店長などが出席。約40社を超えるメディア・マスコミに対応し、九州新幹線と八代市のPRに努めた。
 今まで首都圏では誰も知らなかった八代の風景の写真絵葉書も配布。肥薩おれんじ鉄道のネーミングにもなっている柑橘類を各種展示。ウインドウにも菜の花を敷き詰め、新幹線開業のムードを盛り上げた。
 旅行雑誌、カメラ雑誌、中高年齢層雑誌を中心としたマスコミにプレスキットを配布。八代市の魅力を全国メディアで発信してもらえるようにプロモートした。

第3回 八代市の新しい観光戦略は「カメラの被写体に恵まれた街八代市」その1

 地元、八代市に長年住んでいると八代市の持つ素晴らしさに気がつかない事が沢山有る。たとえば「夕焼け」。特に夏の夕方風の強い日の夕焼けは素晴らしい。雲が1つも無くても西の空が真っ赤になる事が多い。春先から真夏にかけて黄砂の影響はあまり歓迎されるものではないが、こと夕焼けに関してだけは素晴らしい効果をプレゼントしてくれる。
 関東甲信越や北国では、雲ひとつ無い日の夕焼けは、日没後夕陽の赤から群青色の青空まできれいなグラデーションになるのが普通である。しかし、長崎や熊本では黄砂の影響で全天が真赤になる夕焼けを見る事ができる。
 条件がよければ「幻日」といわれる太陽の光が、空気中の水蒸気の屈折によって出来る「見掛けのもう一つの偽太陽」という珍しい気象現象を見る事もできる。
 一方、ちょうど3月中旬の今頃は球磨川に発生する川霧が素晴らしい。川霧の発生する条件は、前日に気温が高く、早朝も快晴で放射冷却の冷え込みがあり、しかも、風がないこと。球磨川の場合は上流の峡谷から遥拝の瀬辺りへ押し出すように流れ出てくるものと、河口付近に漂うように発生するものの2つが有る。
 こういった関東や関西ではなかなか巡り合えないシャッターチャンスが多い場所としての八代市の「新しい観光資源」を、今後幾つかリストアップしていきたい。市の商政観光課と八代観光協会では皆様からの「こんなモノが新しい観光資源に成るのでは?」という投書をお待ちしている。

第4回 八代市の新しい観光戦略は「カメラの被写体に恵まれた街八代市」その2

 今までマスメディアや東京・大阪といった大都市圏の旅行者達に観光情報をあまり積極的には発信してこなかった八代市だが、九州新幹線の新八代駅開業、肥薩おれんじ鉄道の開業を迎えるにあたって積極的に八代市に観光旅行客を誘致しようと積極的な活動を開始した。
 その第1弾が八代市の魅力有る風景を球磨川中心のデジカメ画像で構成した24ページ構成の「八代デジカメ画像アルバム・パンフレットVOL・1」。
 この写真集パンフレットは小学校・中学校時代を八代市で過ごし、其の後約40年近く東京で生活している市民カメラマンが、此処約3年間の間、仕事で八代市に来る度に折をみてデジタルカメラで撮影したもの。
 普段八代市に住んでいる人には気が付かない八代市の素晴らしいたたずまいを旅行者の目で捕らえ、思い入れたっぷりに撮影した約2000カットの画像の中から選び構成されている。
 この3月8日から有楽町「ふるさと情報プラザ」で行われた新幹線開業記念・八代市観光キャンペーンでも配布したところ、一般来場者から大好評を得ると共に、カメラ専門雑誌編集長や日本の写真界の大御所からも高い評価を頂いた。これを機に八代市が中高年齢層のカメラ愛好家達を誘致したいとの計画に賛同を得、新しい中高年の為の八代市を含む熊本県南への撮影旅行商品企画を進める事になった。
 市の商政観光課と八代観光協会では時期は未定だが、次回の写真集パンフレット作成のため、広く旅行者及び地元市民から八代市の素晴らしいたたずまいの画像を募集する事を考えている。
 4月以降要綱が決まり次第、市のホームページなどで要綱を発表する予定。
 今回の写真集パンフレットは希望者200名に無料で配布。1人1冊限定。希望者は市役所商政観光課まで葉書で申し込み、締め切りは3月末日必着、希望者多数の場合は抽選。当選者にはパンフレット発送を持って発表に替える。

第5回 旅行客の求めているモノが何であるかを研究すれば観光客誘致のきっかけをつかめる。

 このシリーズの第1回目で紹介した観光マーケティング調査テーマの一つに「最近の旅行客は何を求めて旅に出るのだろう?」という項目が有った。
 質問の内容は「あなたが今までに行った事のある所で1番良かった旅行先は何処ですか?そして何が良かったのですか?」というものであった。
 回答が1番多かったのは「どこそこの有名温泉や料理のおいしい所」や、「城や寺院などの名所旧跡」などという具体的な場所ではなく、意外にも「広い海を見渡せる所」や「空気がきれいで開放感を味わえた所」あるいは「ゆっくり出来た所」などという精神的な満足を得られる場所であった。
 今まで出張で八代市に来たビジネスマン達に聞くと、タクシーの運転手さんの「お客さん、ヤッチロには何も無かけんですね・・・」という言秦を耳にすることが多かったという。
 やはり観光客が求めているものは昔からの名所旧跡や有名な温泉のはずだから八代市はその面で弱いのだと言う思い込みが有りはしないだろうか。
 今回の調査では旅行客が求めているものは必ずしも名所旧跡や有名温泉や有名な観光地ばかりではない事を示している。
 北海道の旭川市郊外に北竜町と言う町がある。以前はジャガイモとトウモロコシ畑の農業や酪農が中心の町と聞いているが、ある年に向日葵(ひまわり)の畑を造ったら一気に観光旅行客が訪れたと言う。きっかけは「日本一の向日葵畑」と言う触れ込みで地平線まで一面の向日葵の写真がマスコミに取り上げられた事からであった。
 べつに名所旧跡が有ったからではない、極端に言えば向日葵の種を蒔いただけで短期間に観光地化した訳だ。このようなヒントは探せば幾らでも有るはず、他で出来た努力を八代市が出来ない訳が無い。
 観光客誘致、観光活性化は誘致する旅行客達が何を求めているかを充分研究し客の立場になって魅力=ネタを考える事から始まると言って良い。

第6回 旅行客を惹きつける魅力的な観光資源には形のあるハード資源と形のないソフト資源がある。

 パソコンにはパソコン本体やモニター・周辺機器といったハードと、ワープロ機能ソフトや表計算機能ソフトが有るように、旅行客を惹きつける観光資源にもハードとソフトがある。
 たとえば、温泉旅館で言えは旅館の建物、温泉の風呂場や出される料理がハードに相当する。いわば姿形の有るものだ。一方、女将の気配りや仲居さん達の態度やサービス、如何に客のわがままを叶えられるかがソフト面の観光資源に相当すると考えて良い。昨年の観光マーケティング調査の結果によると、ハード面よりもソフト面の印象・魅力の方がリピート効果大、と出ている。
 果たして八代市の宿泊施設はこれらのハードとソフトを両立出来ているだろうか。国内の、あるいは九州圏内他のエリアの努力に負けないだけのセールスポイントが有るだろうか。
 もし思い通りの集客が出来ていないのであれば、このバランスがとれていないと言うことの明かしである。
 先日ある旅行カメラマンの取材記事をインターネットで見ていたら、九州新幹線の取材旅行の途中で、泊まった八代市内中心部のシティホテルを非常に高く評価していた。
 このような見ず知らずの宿泊客の意見が本当の旅行者達の意見だろう。どんどん意見を聞く必要がある。嬉しい意見も、辛い意見も逃げずに。
 泊める側は「こうだろう、こうに違いない」と思い込んで準備を行う。しかし、かならずしも旅行者に喜ばれるとは限らない。この事を研究理解する所から魅力的な宿泊施設としての成功物語が始まる。
 九州新幹線の開業でアクセスが良くなった分、今までより辛口の、全国の温泉を泊まり歩いた経験を持つ旅行者が大勢訪れると思わなくてはいけない。一度泊まった彼等による口コミこそ、明日の八代市のリピーターに繋がるか敬遠されてしまうかの分かれ目になる。
 八代市の観光活性化にとって宿泊施設の魅力が一番重要、なおかつ即効性が有る事は紛れもない事実。特に、全国の宿を泊まり歩いた経験をお持ちの方々の意見を頂きたいと考える。

第7回 観光旅行客は、価値観も違えば味覚も異なる事を理解する必要がある。

 基本的に観光旅行客はわがままであると思って間違いない。まず、価値観が違う。
 苦労して取った休暇に高いお金と面倒くさい旅の申し込みを行い、やっとの思いで目的地に着いたのだから「元は取りたい」のだ。自分が旅に行く時を考えてみればこれらの事柄も納得もできよう。
 この客のわがままにどれだけ答えられるかの対応で、そのエリアの観光地としてのイメージ・好意度が、随分と変わってしまうのだ。
 大都会から来る観光旅行者は普段満員電車にゆられ、片道1時間以上通勤している人々がそのほとんどと考えて良い。特にさかり場に近い所ではビル街や高層マンションで生活していて、山や海が身近には無い人々である事が多いと考えて良いだろう。夜も非常に明るい為、夏の夜などは夜通しセミやカラスが鳴き止まず、睡眠不足になる事も有ると聞く。
 その意味からすると、熊本県内で自然に囲まれ、四季の変化を身近に感じながら生活出来ている我々とは、随分違う環境に居るのだということが言える。そういう所から来る観光旅行客の一番の注文が「静かであること」と言うのも理解できる気がする。観光旅行客が、温泉旅館で夜遅くまでカラオケの音がするのを嫌がることなどは、こういった背景を知ることによって理解できる。
 もう一つ大きな違いは味覚。気温が高い地域の料理の味付けは概して甘い。東京から来た人間が熊本の醤油を「甘すぎる」と言う、八代市から東京に行った人間が浅草で有名な「大黒屋」の天井を食べて「辛くてマズイ」と言った。これらは良くある事だが「郷に入っては郷に従え、だから気を使わんでよか」という都合の良い考えはあまりいただけない。
 幾つかの選択肢を用意してあげる事も、重要なサービスのひとつと考えたい。
 都会生活で疲れた精神と心を癒しに来る観光旅行者達の求めているものは、「脱都会」であり、「静寂」であり、「ひとときの現実逃避」なのだ。天草のある宿がTVの旅番組で全国の上位にランキングされた理由も、決して景色が良いとか料理が豪華と言う事ではなく、「落ち着いて、ゆっくり時間が過ぎるのを楽しめた」これが決め手であったそうだ。

第8回 八代に来なければ手に入らないもの、食せないものをどれだけ用意できるかがポイント。

 昔は旅の喜びの一つに、その地へ行けばそこでしか手に入らないもの、食せないものに巡り会えるというのがあった。今は流通が完備し、インターネットで全国何処のものでも簡単に手に入るようになってしまった。ハウス栽培発達のお陰で、野菜や果物から季節を感ずる事も少なくなった。
 しかし旅行者達は、旬の時期にその産地に行く事によって、最高の物を手に入れたり、食べられたりすると思っている。残念だが実際には最高級の魚は東京築地の市場、最高の果物は羽田の大田市場に行ってしまい、地元には残っていないのが最近の現状だろうと思う。
 そこでだ、八代市に行けば「他と違って旬の物を旬の時期に食せる」というイメージを作れないだろうか。すでに、球磨川の青海苔、天然うなぎ、天然鮎などはまさしく旬の時期にしか食べられないし、旬の時期以外は市内何処にも売っていない。これらに続く食材アイテムを増やしたいのである。
 その時期、其処へ行ったからこそ手に入る、食せると言う貴重感、満足感は実は非常に有効な観光誘致の原動力になり得るのだ。
 全国の60%を出荷しているトマトにしても、東京のスーパーで買ったのを食べるのと、八代でもぎたてを食するのでは違うのではないだろうか。柑橘系は少し置いた方が酸味も抜け甘くなるものの、やはり産地で食べると言う魅力は捨て難いものが有る。
 このように観光活性化ということは、何もホテルや温泉街の客が増える為だけに行うのではなく、すべての産業が連鎖的に何らかの形で活性化する効果・要素を持っている。
 昭和30年代以来、八代駅には数々の駅弁が有ったが、残念ながら全国的にはほとんど無名であった。しかし、それが九州新幹線の開業で官民一体になって、全国レベルの駅弁を開発する事ができた。もちろんそのデビューの影には、1年半の年月と20名以上の関係者の苦労や努力が隠れてはいるが、この駅弁にしても八代に来なければ買えないし、食べられない立派な観光資源だ。
 「旅行」には、普段手に入らない物を手に入れられる喜びが有るのだという事を理解すれば、八代市におけるすべての産業にも観光活性化に関して大きな関連があることがお判り頂ける事と思う。

第9回 駅弁開発にもきちんとしたマーケティングが必要だった。名物は決して偶然生まれたりはしない。

 このシリーズを担当させて頂いている私が八代市にいた昭和36年頃、ちょうど太田郷小学校から二中に上がる頃、八代駅には「鮎の塩焼き弁当」という駅弁が有った。当時170円であった。しかも7〜8月しか販売していない季節弁当であった。其の後、東京に出て40年以上が過ぎたが、当時から鉄道マニアであった私はいつかあの頃の「鮎の塩焼き弁当」を再び食べてみたいと思っていた。
 今回の九州新幹線開業に合わせて、全国レベルの新駅弁を開発しようとの情報が耳に入った時、喜んでそのプロジェクトの末席に加えて頂いたのだが、当初スタッフは熱意ばかり空回りし実に大変だった。
 まず、列車に乗っている客が駅弁を買う時、何を基準に駅弁を選ぶのか、新八代駅で売った場合どちらの方向へ向う客が買うだろうか、鹿児島方面の客か、熊本方面の客か、駅弁にもマーケティングが必要であるとの話から始まった。
 駅弁そのものを作る料理のプロが、味付け、量、見栄え、などに専念し、何回も全国の有名駅弁を調べるのは当然のこと。第一、駅弁を買うのは、本来他から来た旅行客だから、地元の味覚だけで味付けをすれば失敗してしまう確率が高い。この辺も口で言うのは簡単だが、料理方は大変な苦労だと思う。
 さらに、駅弁はホームの売店に並んでいる物を試食は出来ない。お客は外観だけで判断して買わざるを得ないのが実状なのだ、しかも短い乗り換えの数分問でどれにするか決定しなければならない。
 折りかけ包装紙や、駅弁の箱自体に工夫を凝らすようになったのも、これらの駅弁マーケティングが全国でも盛んになったからと思われる。
 駅弁もいまや全国で800種類以上あり、ビジネスとしてはまさに戦国時代である。新幹線の開業などで、交通アクセスが良くなればなる程、消費者である旅行客の舌が肥え、駅弁が厳しい批評にさらされるのは当然の事。
 今回の九州新幹線の開業に合わせて、八代市からも幾つか全国レベルの駅弁が誕生した。
 この成功を是非、「次の八代名物は我々が生み出すのだ」という他の新しいプロジェクトに生かし、つなげて行ってほしい。その前向きなエネルギーこそ、八代市の活性化に今一番必要なものなのだから。

第10回 何が八代名物になり得るか、さらに具体的に挙げてみよう。

 九州新幹線の開業直前に、東京の有楽町にある「ふるさと情報プラザ」という全国自治体の観光資料が、すべて揃っているPRセンターで、八代市のキャンペーンを行った事はこのシリーズの第2回で報告した通り。このとき八代市の物産品販売や、JA八代によるトマト「はちべえ」の配布を行ったが、非常に売れ行きの良い物があった。
 まず、いきなり団子、この商品は初日に完売し、2日後、緊急追加した物も2時間で完売。次に青海苔、これは2日目に完売。日奈久のニッケ玉も最終日にはすっかり無くなっていた。晩白柚を寒天で固めたお菓子は、エキゾチックな味が試食で大好評であった。
 刀鍛冶伝統の包丁も数本が売れた。これらを分析してみると、やはり他では売っていない物がどんどん売れて行く。オンリーワン商品の強みだ。
 東京には年間常設で、熊本県の物産を売っている銀座熊本館が有る。其処の常連客が言うには、「此処じゃなきゃ買えない物が嬉しいのよ」。私自身も他では絶対に手に入らない熊本ラーメンを、熊本館まで出向いて、月に一度はまとめ買いしている。
 このような県外在住者の消費者ニーズを基本に八代市の名物になり得る物を、探してみた。
 まず、尺鮎、天然うなぎ、青海苔、これらは八代市にしか無いとの理由で絶対的に名物になると考える。
 過去において全国ブランドに成りきれていないのは、やはりPR不足ではないかと思う。特に尺鮎や青海苔は、四国の四万十川の其れよりはるかに優れた食材だと言って良い。
 柑橘類は勿論、「塩トマト」も収穫量は少ないものの、やり方によっては非常に大きな名物ブランドになり得る要素を持っている。今、手を打たねば他県で似たモノが必ず出てくる。デコボンにしても熊本県の特産であるはずなのに、既に四国あたりから出始めている。競争は厳しいのだ。
 一方、東陽村で特産の「しょうが」「乾燥筍」「どんこ椎茸」も良い。勿論昔からの八代ブランド「い草」も有名だが、此処ではその名物自体が八代市への観光客誘致に直接結びつく物を取り上げたい。
 わざわざ八代市に来てまで食べたい、手に入れたいもので、他にどのような物産が有るか皆様の投書をお待ちしたい。

第11回 全国に1千万人もいる釣りファンを球磨川・八代海に誘致できないだろうか。

 休日に父親が子供に教える伝承教育には、大工道具の使い方、家庭電気用品の知識、台風時の準備や過ごし方など色々有るが、「釣り」もその一つと言っていいだろう。
 大抵の子供は大きくなった時に、親から教わった「釣り」の技術を今度は自分が自分の子供に教える事で、初めて伝承教育の重要性を感じる。学校教育では、なかなかできない事だ。
 今回はこの釣りの話だ。八代市には日本三大急流の一つ「球磨川」をはじめ幾つかの水系が流れている。と同時に、プランクトンが豊富な不知火海、つまり八代海が目の前にある。いわば太公望にとっては非常に恵まれた環境なのだ。蛇篭港や日奈久港に、いくつか恵比須様が祀られている事でも、「釣り」に関して八代市がただならぬ場所である事を裏付けている。昔懐かしい「銀杏浮き」という手作り浮きのメーカーも宮原町でがんばって伝統技術を守っていると聞く。
 実は、球磨川には全国から釣りのプロが合宿に来るので、釣りの業界では非常に有名な場所である事をつい最近知った。その理由は「尺鮎」。日本中何処を探しても球磨川流域以外に30Cmを超える尺鮎はなかなかいない。つまり球磨川の尺鮎を何度釣ってもへたらない、丈夫で軽い鮎竿を開発すれば、その商品は日本中で通用するのだそうだ。
 だから大手の釣具メーカーのテスト釣り師達が球磨川流域で毎年合宿するのだ。であれば、全国から普通の釣りファン(とは言うものの、半端な方々ではないが)を積極的に誘致できるのではないだろうか。八代海にしても、「太刀魚」一点張りではなく、クロやチヌを含んで、釣果は関東や関西の比ではないのだから立派な観光資源に成るはず。なにせ「釣り」は日本で1番人口の多い趣味ジャンルだし、ターゲットは約1千万人もいると言うのだから、逃す手は無いと思うがどうだろう。
 いつまでも、温泉とグルメ客を呼び込む事ばかり考えるより、「釣り」や「写真撮影」などの目的意識を持った方々を八代市は誘致すべきではないだろうか。船宿も民宿も温泉宿やシティホテルと同じように活性化しなければ、八代市全体の底上げにはならないと思う。

第12回 八代市全体の経済が活性化するには、観光活性化の促進が1番即効性に富んでいる。

 八代市の人口は昭和36年頃10万7千人程であった。まだ、本町通りに大洋デパートが有った頃だ。そして現在の人口もやはり10万7千人前後だ。つまり全国でも珍しい程人口増減の少ない所なのだ。
 一方、人口はほとんど変わらないが、市街地の面積は約2倍に広がった。これは何を意味するかというと、車文化によって人々の行動範囲が広がったという事。当然本町通りは昔の繁栄が無くなった。
 このような現象は現在全国あちこちの地方都市で起きて問題になっている。では、この現象はこのまま今後もどんどん進む一方で、昔栄えた商店街には未来は無いのだろうか。
 ところが最近、そんな事はないと言う嬉しい話を聞いた。理由は消費者の消費行動にあった。
 消費行動の約半分は「衝動買い」なのだそうだ。この「衝動買い」を促進するのに1番良いのがウインドウ・ショッピング。郊外のバイパス沿いにある店には車で行き、1店舗で用が済めば次の店には車で移動するため、ウインドウ・ショッピングという行動が無いというのだ。
 実は、商店街のブラブラ歩きの環境こそ、消費者にとってモノを買う為に非常に重要なのだそうだ。
 そして、今1番人口が多く消費力のある「団塊の世代」が自由に動けなくなる15年後あたりから「御用聞き」という商売形態が復活すると見られている。この「御用聞き」と言うスタイルは、昭和30年代まで八百屋、酒屋、魚屋、氷屋、洗濯屋(クリーニング店を昔はこう呼んだ)、などが1軒1軒廻って注文を取り、配達をした商売形態だ。
 このスタイルは昔からの顧客を持つ商店街が圧倒的に有利。勿論「御用聞き」を積極的にやる気概が有ればの話だが。全国ではすでに介護老人のいるお宅を中心に、急速に成果を上げているお店もあるという。
 勿論、このような市内商店街の復活も大変重要なのだが、市民が市内で消費するいわゆる「地産地消」運動促進だけでは八代市全体の消費力は今までと同じ。市外からいわゆる「外貨」をもってきて八代市内で消費してくれる観光旅行者を多く呼び込まなくては八代市の経済キャパが向上しない。
 そのために1番早い効果的な方法が「観光活性化」なのだ。まず八代市に魅力を創り、次にその情報を全国に発信する。九州新幹線が開業した今年こそ、八代市の名前が全国に広がる1番良いチャンスなのだ。

第13回 10万人市民が一人1本の植樹をすれば、10年後八代市に10万本の木が育つ。

 八代市は球磨川という大きな川の三角州に発展した経緯を持つため、非常に平面的な外観を持った都市だ。熊本城や花岡山、江津湖など立体的起伏に富んだ熊本市とは対照的だ。
 そういった観点から八代市を見ると都市景観的魅力に乏しいのは否めない。観光旅行客をたくさん誘致するためには、10年計画でも良いから、八代市の景観造り活動を今すぐ開始する必要がある。
 昔は球磨川の堤防には桜の並木があった。もっと昔には松の並木が有ったと言う。河川の土手には並木道があるのが日本的な景色なのだ。球磨川は治水に関しては昭和56年の水害以来、土手の木々はほとんど切り倒されてしまい、景観的に非常に情け無い河川になっている。
 国土交通省の河川法により、国が管理する一級河川の土手には簡単に木を植えるわけにはいかない、しかし何とか球磨川の土手に心が和む並木が出来ないかと願うのは私だけだろうか。
 熊本県内には他県に比べて圧倒的に楠と銀杏が多い。八代市内にも代陽小学校の大楠をはじめ、あちこちに大木は有るものの、全体的には残念ながら非常に平坦で緑の量が少ない都市というのが現状だ。
 三角州に発展した都市だから、しようがない一面もあるが、だからこそ余計に努力して背の高い緑を増やし、街に立体感を持たせ、観光旅行客からの好感度を上げて行きたい。
 ヨーロッパでも中近東でも町の景観を短期間に整えるためには背の高いポプラの木を植えるという。理由は、伸びるのが早い、寿命が長い、西洋柳だから風に強い、痩せた土地でも水さえあれば育つという事らしい。だから大きな川の傍にはポプラが多い、昔は球磨川の広い河川敷にもポプラがあった。
 明治時代、札幌農学校にクラーク博士が植えたポプラの並木は有名な観光資源になった、北大キャンパスのポプラ並木が其れだ。残念ながら、今は100年の寿命が来てほとんどが倒壊あるいは倒壊の危険があるため、現在は立ち入り禁止になっている様だ。
 であれば、八代市にポプラ並木を育てれば日本で唯一のポプラ並木となって充分観光資源になり得るのではないだろうか。理論的には市民1人が1本の植樹をすれば八代市に10万本の木が育つわけだから、八代市の魅力ある景観造りなども、この辺から活動がスタートすると最高なのだが如何だろう。

第14回 故郷を想う気持は、故郷を離れればこそ強くなるもの。

 昔の文部省唱歌に作曲家・岡野貞一の名作「ふるさと」と言う歌がある。「うさぎ追いし〜」で始まる有名な唄だ。昭和36年頃は八代二中の学校行事でも「うさぎ狩り」というのが有った。今そのような催事を行ったら大変な事に成るが、少なくとも当時八代で育った子供達は、この「ふるさと」に歌われている事柄は、少なからず皆が体験しているはずだ。
 其の後八代市で成人し、今の八代市を支えている人がいる。一方で東京、大阪に出て現在に至っている人達がいる。当時、市外に出た人は決して少なくはないだろうと思われる。
 そこで、八代市に対する郷土の誇りと思い入れは、八代市から出た人には無くなってしまうのかというと、逆にこれが歳を取ると共に非常に高まるのだ。いわゆる「望郷の念」という奴だ。「八代市のために何か出来ないか、自分が生まれた、あるいは育った八代市に何とか役に立てないか」と思うようになるものなのだ。同窓会やクラス会の度にそう思う方も多いのではないだろうか。
 このエネルギーを決してあなどってはいけない。「思い入れ」というエネルギーは数値では測りきれないほど、さまざまに大きな効果をもたらすものだ。
 実は八代市の観光活性化にとって、この八代出身者達の「眼と経験と知識」が、いま非常に重要なのだ。他の地域の文化風俗、習慣、価値観を体験したこれらの人達こそ、八代市が如何に素晴らしく、その魅力がどの部分に存在しているか判るのだ。
 逆に今の八代市には何処が不十分で、市全体の活性化のためには何が必要なのかも、良く判るのだ。少なくとも八代市の魅力が何処に有るのかの発見作業、観光情報を全国に広める役割に関する限り、その存在価値は非常に高いのではないだろうかと思う。
 たとえば「八代市宣伝大使」として市のPRあるいは、八代市への旅行客を少しでも多く誘致できるアイディアや情報提供をして頂けば、八代市も立体的な活性化活動ができるのではないかと思う。謝礼は毎年、晩白柚をお届けするといった感じで如何だろうか。たとえば前回に出したポプラの並木の件でも、苗木1本に対し寄付金を募り、ポプラの木に名札をつけて寄贈者の八代市への思いを100年間残す事ができれば「名物記念樹のポプラ並木」として素晴らしい観光資源に成るのではないだろうか。

第15回 そろそろ八代の祭りやイベントを見直す時期が来た。

 これも昨年11月の観光マーケティング調査の結果、分かった事。観光客が何から情報を得ているのかとの問いに1位、2位は、どちらも旅行代理店店頭やJRの駅に置いてあるパンフレットの類であった。3位が旅行雑誌で、4位がインターネット。最近、全国の観光地は盛んに観光PR専用ホームページを開設している。
 既にご存知のとおり、インターネットから主なシティホテルに申し込むと、普通に電話で申し込むより10%程度安くなる事が多い。インターネットで申し込むと客の身元が確認できるため、いわゆる「ドタキャン」や「連絡なし不泊」がなくなるのでその分ディスカウントできると言うのだ。
 当然、同時にホテル側はコンピューターで顧客管理が出来るので、自分のホテルの客層を確実に把握できる訳だ。企業が社員をファミリーとして扱い、忘年会や社員旅行が全盛であった頃に最盛期を迎えていた宿の中には、世の中のITによる変化と日本人の価値観の変化について行けていないところが増えている。自由競争の中、世の中の変化に乗り遅れればビジネスに差が出来るのは当り前の事なのだ。「努力なくして成功なし」、は観光活性化の一つの真実だろう。
 で、インターネットが旅行客の情報源の第4位。では昔から宣伝材料の王様と言われたパンフレットは効果が無いのだろうか。
 決してそのような事は無い。用途を絞り込んで考えてみると新しいパンフレットの有り方が浮かんでくる。繰り返すが、八代市は、熊本県内随一の工業都市として発展してきたし、長い間そのように認知され続けてきた。だから、新幹線の駅が出来たからといって、いきなり急に此処は観光地ですと言っても、誰も信じてはくれない。
 観光パンフレットは、そこに行くと決めた人にとって便利な地図や情報を入れて作られている。熊本県内ほとんどの観光パンフレットはその形態だ。しかし、八代市の場合の潜在的なイメージは工業都市だ。だから、まず「八代市には意外にもこんな魅力があるところだったのか」と思って頂き、行って見たくなる気になる「動機付けパンフレット」を作るしかないと考えた。その考えを突き詰めると、スタイルは自然に写真集パンフレットとなり、ただ置いておくのではなく積極的に配る方法になったわけだ。

第16回 旅行客は何から観光情報を得ているのだろうか。

 今年も夏が近づくと、球磨川で行われるいかだ競争を楽しみにしている。全国には利根川をはじめ、数多くの手作りいかだ競争があるが、川の流れを利用せず乗組員の手漕ぎが主な動力という競争は、他に例を見ないという点でユニークだと思う。
 昨年のマーケテイング調査の結果、今までの思い込みとは非常に異なったデータが出た。
 それはシリーズ5回目の表に有るように、旅行客が旅先でのイベントや祭りや催事をたいして期待していないという事。あまりに意外な結果であった為、色々な旅行代理店や関係者に聞いた所、次のような事が判明した。観光地など受け入れる地元は、祭りや花火はいわゆる「楽しい事」それも年に1度のチャンスなのだから旅行客はこぞってこの時期を目指して来てほしいと思っている。
 しかし旅行者は「混んでいる時にわざわざ行きたくない」「花火は全国600箇所でいつもどこかでやっているから珍しくない」「祭りの最中は、その土地の本来の静かなたたずまいを楽しめないではないか」との心理が働くというのだ。アンケート調査の結果も明快にこの事を示している。
 確かに祭りは、本来その土地の者達が楽しむ催事であって、他の土地から来た者へ見せるためのものではなかったのだ。しかし、京都の祇園祭や弘前のねぶたなどは歴史と伝統を守りつつ、商業化し観光客誘致の「集客力のあるネタ」に成っている。勿論そう成るまでには、観光PRに長い年月と莫大な広告費用が掛かっている事を忘れてはいけない。たまたまラッキーで今の姿が有るのではないのだ。
 八代市の全国花火大会にしても、たとえば八代海の船上から打上げるとか、東京隅田川の花火大会のように、会場を分散して立体的に上げるとか、工夫をする時期ではないだろうか。
 一方、妙見祭ほどの伝統的な祭りは、現在でも充分集客力もあると思われるので、事前の告知を強化すると共に伝統性を高めた演出を行いたいところだ。より多くの旅行者を呼び込む為にも、更に行列の行進精度を高めていく事などが重要だと考えるが、如何だろうか。
 いずれにせよ、祭りやイベントは本来見るものではなく、参加するものであると言う原点を見直す事が大切だ。旅に関する情報を何処から取るかという設問に対し、上位にランクされたインターネット。そろそろ八代市にも、全国の旅行者向け専用ホームページが必要な時期になったと考える

第17回 八代シティ・プロモーションセンターが立ち上がり、八代市の活性化はいよいよ新しい段階に入る。

 今日、非常に嬉しい知らせが入った。この連載が始まってから、市役所に続々電話や投書が届き始めたというのだ。熊本県内の方々の、関心の高さに身の引き締まる思いを感じると共に、新聞というメディアの力に驚かされた。インターネット普及の一方で、新聞の効果が世界的に再評価されている事を、身を持って知った。
 八代市内のあるお店から、東京有楽町で行った八代市観光キャンペーンで配布したクーポン券をお持ちになった方が、わざわざ横浜から来店されたという感謝の情報があった。さらに、熊本市在住のカメラ愛好家の方から市役所に、配布した写真集パンフレットを見て「是非、この写真に写っている所に行って我々も撮影してみたいが、何処へ行けば良いのか教えて欲しい。」という電話が有ったそうだ。
 やはり、観光に関する情報はどんどん変化する、色々な手段でこまめに発信しなければいけない。
 この連載を御覧の皆様も、もうすでに2週間前の九州新幹線開業日の盛り上がりは頭から消え去り、関心は5月の大型連休に移っていると思う。年に1回や2回のパンフレットを用意するだけでは、情報に敏感な旅行客を誘致する事などままならない時代になってしまっている。
 八代市では平成16年度から、今までの観光誘致活動を更に加速させ、観光情報をこまめに全国に発信すべく、新しい官民が一体となった新プロジェクトをスタートさせる。名前は「八代シティ・プロモーションセンター」。既にこのシリーズでも紹介したとおり、昨年末から、「八代市に呼ぼうとしている旅行者の方々は何処にいて、何を望んでいるのか」、観光マーケティング調査を行い、細かい分析を行った。その結果の一部はこの連載でもご紹介したとおり。意外な結果の連続で驚かされることばかりだった。
 この「八代シティ・プロモーションセンター」は、過去の観光に関する思い込みや常識をすべて洗い直し、全く新しい宣伝PRの手法を生み出すことを前提に設立される。勿論、東京、大阪などから八代市を目指して来る旅行客が、いきなり増えるなどという甘い考えはもっていない。熊本市まで観光に来て、「さあ、次の日何処へ行こう」という方々を、八代市を含む熊本県南エリアに少しでも誘致できるように、周辺地域と共に連帯を組んで、一歩一歩進めたいと考えている。

第18回 観光活性化には、官民一体になった活動、エリア全体での活動が大切。

 熊本県外のある所での話、ご多分にもれず宿泊客の落ち込みが激しい温泉地。再活性化を頼まれた専門家が約半年通って出した結論が「とても難しい」。理由を聞いたらこういう答えが返って来た。
 その温泉街の経営者達の行政に対する依存度と責任転嫁の意識があまりに高く、本人達に危機感と当事者意識がなさ過ぎるというのだ。その専門家が調査の結果を示し、いろいろ提案をし、全国の成功例を示すと同時に地元の奮起を促すと、必ず言い訳や評論的な意見ばかり出るという。
 当事者意識のない、批評しかしない評論家がたくさんいても、新しい試みは成功しない。温泉街にとどまらず、活性化出来ている所と出来ていない所の差には、案外このような原因が有るのだそうだ。
 八代市の「八代シティ・プロモーションセンター」は数年の試行錯誤の末、全国のこういった失敗例なども検証した上で、官民が一体になって、明日の八代市の夢を描きながらスタートさせる。
 基本的なスタンスは、よく調べ、よく考え、色々な意見を検討して活動案を生み出す事。そして全国の状況を良く知っているプロの力を十分に取り入れ、思い込みだけで物を決めないという事。
 市の財政を豊かにする為には、外貨を増やす努力をしなければ・・・と言う話は既にしたとおり。しかし、いかに八代市が単体で活性化の努力を行っても、大幅に旅行客誘致を向上させることは難しい。
 当然八代市近郊のエリアと共に一緒になって、観光活性化を図らねば目的は達成できない。その意味からすると、新幹線の開業も重要だが、肥薩おれんじ鉄道の沿線観光活性化はもっと身近な意味で最重要課題だ。特に日奈久温泉からしばらく南への海岸沿いは、天草を望みながら絶景が続く。
 開業直前に、東京有楽町で「八代市観光キャンペーン」を行った時、晩自柚から金柑に至るまで大小あらゆる柑橘類を展示して「肥薩おれんじ鉄道」のネーミングの由来をPRした。これは非常に効果があり、ロゴマークそっくりに晩白柚を2つ並べた所「なる程」と好評であった。やはり晩白柚を知っている人は少なく、同時に熊本県南エリアの観光情報に関してもほとんど初めてという人ばかりの状況であった。
 それだけに、熊本県南エリアが一体になった観光PRの必要性を痛切に感じた。県南エリアそれぞれの地区が、独自の観光資源を開発し、その上でまとまってエリアイメージを確立できた時、初めて大きな集客効果が期待できると考える。

第19回 観光活性化には先行投資の英断がなければ、よい成果など得られる訳がない。

 観光活性化は資金が無ければ動き出さない。先行投資型の典型的な活動であるからだ。観光活性化という活動は農業と同じ。農業では優秀な農業技術者が何人いようと、種を蒔かなければ実は成らない。当然十分に肥料を与えないと大きな実は成らない。
 観光活性化の活動もそれと全く同じだ。「魅力的な観光資源が有りますよ」、という種を蒔き、そして広告宣伝と言う肥料をやらなければ大きな実は成らない、つまり観光客の誘致は出来ない。
 世の中のいわゆる「まちおこし」には、例外なく長い時間とそれなりの予算、つまり費用がかかるものだ。黒川温泉で有名な南小国町や湯布院町のような当世一流の観光地にしても、その裏には其れ相応の努力と出費があったはず。観光活性化は決して思い入れのみでは成就しない。
 今は不況の世の中だと言う、しかし消費経済は決してそれ程冷え込んではいない。銀座や丸の内に次々と大型の高級ブランド店がオープンして、話題になっている事は、ニュースを見て御存知のとおりだ。
 一方、ある旅行代理店が、全国の国立公園を1番良い季節に、最高級の宿の1番良い部屋に泊まりながら、1年掛けて巡るという商品を販売した。勿論列車はすべてグリーン車、飛行機はスーパーシート使用だ。100名様限定で1人数百万円程のコースだったと思うが、あっという間に完売したと言う。
 これらは何を意味するのか、消費者の間には不況という言葉はあまり顔を出していないのだ。客が来ないのを不況だけのせいにするのは己の努力が足りない、あるいは努力しない事の責任転嫁なのだ。しかし、広く成功例を勉強し、工夫をすればいくらでも売上を伸ばす事はできよう。
 全国の都市で活性化に成功した事例は至る所に有る。だが、先行投資しないで成功した事例は一つも無い。そうでなければ黒川温泉や由布院温泉の盛況を説明できない、大分の豊後高田市の努力と成果を理解する事が出来ない。
 このシリーズで紹介したとおり新幹線開業時の観光活性化予算で八代市は今まで行った事が無い広告PR展開を実施し大きな成果を挙げた。この成功事例を大きく育てよう。
 年間の財政予算規模が400億近い八代市が、市の財政回復のため、1番即効力のある観光活性化にどのような種を蒔いていくか、マスコミが注目する中、これから官民一体になった勝負の1年が始まる。

第20回 観光活性化には、市民の当事者意識が1番重要。評論、批評は旅行者がするもの。

 太田郷小学校6年生の時、担任の久木田先生に教わった話を今でも憶えている。皆で祭りのお神輿を担いでいる時に「1人くらい手を抜いて楽をしても判らないだろう」と皆が考えて手を抜くと、お神輿は落っこちてしまうという話。商売活性化のためにもこれらは、参加意識を持てという意味で同じだ。
 日頃、商売を営んでいる方々には、観光活性化と聞いても何の事やら、自分の商売に何の関係があるのかピンと来ないのが当たり前だろう。
 しかし、新幹線開業後、いつもとは違う人々が八代市に増えている。少なくとも今まで、雑誌の特集記事を片手にお店に来るような旅行者はいなかったはずだ。現実にそういう旅行者が来ている。
 有楽町のキャンペーンで貰った日奈久のニッケ玉(飴)が忘れられず、人吉の帰りにどうしても買って帰りたいと言う問い合わせが有ったと言う。こういう具体的な形で効果がすぐ出た事が今まで有ったろうか。
 雑誌で八代市が特集になるようなことは、今だかって無かった。黙っていては、八代市は特集の対象になる様な場所ではない。出版社に広告タイアップ費用を払ったからこそ、初めて記事になったのだ。
 其れが観光活性化の具体的な活動だ。広告宣伝の先行投資の効果は確実に即効性を持っている。
 告知PRをする事で、人々は八代市を知り、「行きたい、行って見ようか」となる。そうしてそういう旅行者の方々が八代市で物を買い、食事をし、泊まってお金を落とし、市の経済が活性化するのだ。
 1961年米国、ジョン・F・ケネディ大統領の就任演説に「あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。」と言う有名な一説がある。
 八代市が活性化を本気で行おうとするならば、市民一人一人も、この一節の「国家」を「八代市」に置き換えて考えるべきであろうと思う。当事者意識が1番市の活性化にとって重要なのだから。
20本続いたこのシリーズも今回で最終回となるが八代市活性化のためには厳しい現実を述べざるを得ない部分も有った事をご容赦願いたい。厳しい現実を見据えてこそ新たな奮起・努力が芽生えると信じたい。
 最後にこの連載をお読みいただいた方々に厚くお礼申し上げると共に、毎回良い場所に掲載してくださった熊本日日新聞社に感謝したい。
熊本日日新聞紙上で3月14日から同31日まで20回連載